◆ 杉戸洋インタビュー ◆ 1998/5/22 現代美術製作所にて


***** もともと大学では日本画を勉強されていたそうですね。

    現代日本画ではなく、近代の日本画の細密な線や美しい色彩に憧れて日本画を選んだんです。でも現代の、車や飛行機やテレビのある世界に生きていると、過去の日本画家の精神に戻ることは無理で、どんなに技術が上手くても、どこか嘘があるような気がしたし、また自分に根気がなかったのも手伝って、とうとうあきらめてしまった。今は日本画を別に意識はしていないけれど、紙と、顔料が好きでそのまま使っています。油絵のコッテリした感じは苦手で、アクリルと顔料を使って、砂っぽくて、マットな表面を作っています。紙は、いつも高価な麻紙を使っているわけではなくて、お金が無いときには、値段の安い新鳥の子紙を継ぎ足しながら描いてました。

***** 今回、現代美術製作所で発表した作品の中で、ご自分が一番好きな作品はどれですか?

    自分としては、「ビック・ツリー」が一番好きな作品。結果が全くこうなるとは予想できなかったから。他の作品の場合には、だいたい完成を予想しながら描いていたけれど、この作品の場合は、全く何も考えずに制作していました。最初はもっとゴチャゴチャとしていたんだけど、全部消して木だけを残したんです。これは3年前の絵を今年になってまた描き足して、また気に入らなくて消したりしました。

***** ひとつの作品を仕上げるのに、かなりの時間をかけているのですか?

    だいたい一回描いて、それが途中で大変身して、やっと絵になっていきます。一度描いてから一年の時間をおいて、それでもまだ絵がもっていて、まあまあかなと思えばそのままにするけれど、良くないと思ったら描き直します。「ビック・ツリー」という作品の場合、以前は大きなスカートを穿いた女性の絵が描いてあって、さらにその前には、大きな家が描いてありました。一回仕上がって、ちょっとでも作品が嘘っぽいと感じたら、描き直したくなってしまうんです。頭の中のイメージを写す感じで描くんだけども、それを構図や空間的にもたせようとして、なにか余計なものを入れよう、たとえば絵の隅っこに魚を描き入れようというような、そうしたちょっとした嘘でも、画面としてはもったとしても、やっぱり嘘は嘘になってしまう。自分の頭の中のイメージをなるべく忠実に描いてる。だから僕の絵は見えているものしか描かないので、そういう意味では超具象かもしれないですね。   

***** 作品のイメージはどこから来るのですか?

    風邪をひいて熱がある時に、うなされて、苦しんでいる時に見る夢・・・・。それでモティーフ(対象)を探すのに、風邪をひくのを待ったりしてる。そういう時、けっこう不思議な夢を見るんです。天才だったら、風邪をひかなくても変わった夢を見ることができるかもしれないけれど。

***** モティーフは昔からそれほど変化していないという話ですが。

    ずうっとこういうモティーフできて10年ぐらいになるんですけど、これを描き続けるためには、細密描写をやりたくなってきたので、最近では日本画の昔の技法をもう一度勉強し直さなければと思っているんです。

***** それにしても、杉戸さんの絵の構図は非常に独特ですね

    構図は勝手にこういう具合になってしまうので、どうしてだろうといつも考えているんですね。カーテンを使った構図だけで、いちおうの遠近感が出て来るので、かえって平面的に描きやすくなります。でも、「ウォーター・タンク」のように壁を使った構図が、自分の絵ではいちおう基本的なものになってます。当初はカーテンを付けようとは思っていなかったんだけど、そうした壁の構図にするつもりで描いていったらカーテンになってた。だから、カーテンだけは夢の中に出てきたモティーフではなくて、構図を考えているうちに自分で付け足したものなんです。これを使うと、絵から一歩離れるというか、ストーリー性にもなるし、劇を見ているような感じになって、絵に必要以上に語らせなくても助かるので、すごく気に入って使っています。今はカーテンの次に使えるようなものを探しているんですけど、まだ見つかっていません。

***** チェッカー・ボードのような形式の作品は新しいタイプですか?

    大きなチェッカー・ボードの作品はアメリカで描き始めたものです。一度はあきらめたけど、今回日本で完成させました。小さなチェッカー・ボードの作品は、テレビ画面の休止状態の画像をイメージしたもので、絵と絵の間に、ピリオドやコンマのような感じで展示するために制作しました。だから色の組み合わせなどを一生懸命に見るための作品じゃないんですね。この展示では、大きな3点の作品が主に白と緑を基調にしているので、色のバランスも考えて、絵の中に入れたくなかった色、つけたいけれどつけられなかった色を、この小さいチェッカー・ボードの中にまとめてあります。ひとつだけで見ると弱い絵になると思うけれど、展示の中では意味を持つようにしてあります。

***** 作品の制作でいつもこだわっているのは、どんなところですか?

    しっかりと描けば描くほど、自分のイメージからどんどん離れていってしまうので、途中段階のような状態で必ず終わるようにしています。でも、その途中段階というのが難しい。描き込まない部分を残しておくと、次に進むのに行き詰まらなくて良いのと、作品の出来上がってゆく過程を長い目で見ることが出来る。文章で言うなら、「・・・である。」の、最後の「である」や「。」をつけないでいたいと言うことなんです。 

***** 杉戸さんの絵には、童話の挿絵のような雰囲気があるとよく言われますが。

    童話っぽいと言われるのは、自分としては全然違うと感じるけれども、そう思ってもらうのは別にかまいません。確かに、童話的に描くと、宮沢賢治なんかもそうだけれど、一番伝えたいことが伝えやすくなるし、けっこう抽象的になると思います。でも意識して童話的なものを狙っているわけではないし、メルヘンっぽいものは嫌なはずなのに、どうしてもこうなってしまう。たぶん白い色をいっぱい使っているからだと思うんですけど。消してばかりいるので・・・・。

***** アメリカで何度も個展を開いていますが、向こうの観客は杉戸さんの絵にどんな感想を話してくれますか?

    日本の人だと、色がきれいだとか、女の子だとかわいいって言う場合があるんですけども、アメリカの人だと、どちらかというと、怖いっていうイメージが強いらしい。

***** 今後はどういった作品を描いてゆくつもりですか?

    作品の中に白い巨大な怪獣が現れてこようとしているんです。ニューヨークで発表した作品でも、すでにチラっとだけ現れていて、それを今後はうまく作品に表現してゆきたいと思っています。

***** 今回久しぶりの個展を日本で開きましたが、ご自分の作品をどのように見てもらいたいですか?

    アメリカでは、見に来る人がもっと気楽な気持ちで、だけど好きで見に来るので、観客はたくさんやって来ます。日本の人はけっこう真剣に見ていると言う感じ。見過ぎてしまって、理屈っぽく見たり、つまらなくなってしまったりする。またそういう人が説明するから最初から難しいものになってしまって、まわりの人も、現代美術は解らない、難しいものだと思って、来なくなっちゃうんですね。もっと気楽に見に来てほしい。やる方は必死にやらないといけないのかもしれないけれど、見る方は楽な気分で見て良いと思うんですよね。僕の作品は、ちょうど服を見ているような感じで見て欲しいです。女の人がちょっとオシャレなブティックに入ったような感じで。

***** ブティックですか?

    そう、ブティックに飽きた人が、いつか画廊の世界にやって来ると思うんです。今の若い女の子たちがあと10年もしたら、たぶんそうなるんじゃないかな。
 

***** 貴重なお話をたくさんお聞かせいただいて、とても楽しかったです。ありがとうございました。

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