■『夜・自然・もうひとつの東京』 中里和人
2000年から向島で撮影を続けてきた写真が、『長屋 迷路』と『東亰』(とうけい)の2冊の写真集に なっている。
その『東亰』を中心にした写真展 『Nacht.Natur.Das andere Tokio-der Fotograf』(夜、自然、もうひとつの東京)が、ドイツ•ハンブルク
で2008年5月29日から7月10日まで開催された(アルトナーレ芸術祭、オッテンゼン資料館共催)。
このドイツでの展覧会は、ハンブルクと向島の10数年に渡る市民レベルでの地域間交流の歴史がベースにあり、その流れのなかで実現された草の根的展覧
会であった。二つの地域は、古い家や工場や町の歴史が失われていく中で、いかにして現代と歴史を融合させたまちづくりができるかを模索してきた。
第2東京タワーの建設が進む向島の町にとって、向島の”町らしさ”を残しつつ居心地のいいまちづくりを進めることは、日増しに切実な課題となってきている。その方向性を共有するかのように、今回写真展が開催されたハンブルク•オッテンゼン資料館があった。資料館は元•釘工場で、1棟はそのまま工場の原形をとどめ、もう1棟がリノベーションされたギャラリーになっていた。古い町の遺と記憶を見事に融合させた美しい資料館で、そこに向島の町の記憶の詰まった写真を展示できたことは幸せだった。
この度の現代美術製作所での写真展は、ドイツをかわきりにした地元向島への里帰り展というかたちになった。この向島の町の歴史につつまれた、元・工場だった現代美術製作所で写真展ができることは、ハンブルクと向島、オッテンゼン資料館と現代美術製作所という、二つの街、二つの元・工場が取り持ってくれた縁であり、同時代の深いシンクロニシティでもあった。『時代は、ますます古さに向かって邁進する』そんな言葉を聞いたことがある。この古くて新しいビジョンを埋蔵した向島のマチ。『東亰』で撮った向島の路地や町工場の隙間には、近代の翳りがある。
未来の予兆がある。今回の中心展示『東亰』シリーズでは、日常の風景の中に埋もれてしまった、東京 という都市の濃密な棲息感を凝視しつつ、クールな都市の骨格標本や裸体像が描きだせたらと思った。
息を潜めて棲息する未知の懐かしさとシンクロすることを夢見ながら。